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鳥羽市立 海の博物館, 三重大学海女研究センター, 海女振興協議会, 鳥羽商工会議所

 「海女」の魅力と可能性 

 塚本明(三重大学人文学部) 

近年、鳥羽・志摩の海女さんが注目を集めています。10年ほど前、海の博物館を拠点として行政や漁協、商工会などの関係者で海女振興協議会という組織が作られ、毎年全国の海女さんを集めた海女サミットを開催し、海女漁、海女文化を守る取り組みが進められています。

 

2017年には国の重要無形民俗文化財に指定され、日本農業遺産にもなりました。世界文化遺産への登録を目指した活動も、継続中です。日本列島の海岸線各地に海女さんは居ますが、全国の海女の約半数は三重県の鳥羽・志摩で活躍しています。昔から今まで、鳥羽・志摩の地は海女の「本場」なのです。

しかし海女さんの数は減少し続け、現在は鳥羽市、志摩市で合わせて700人を割り込みました。海女さんたちが獲る鮑も減り、年間の漁獲売上げ高は精々数億円に過ぎません。日本のGDPが約500兆円、トヨタ1社で28兆円。観光産業も20数兆円と言われています。水産業としてみても、日本全体で約7000億円、三重県でおよそ500億円ですから、海女さんたちの経済活動は、本当に微々たるものなのです。

では、なぜ海女漁、海女文化の振興の取り組みが、多くの労力と少なくないお金を使って、行われているのでしょうか。海女の魅力とは、どこにあるのでしょう。海女を守ることで、現代に生きる私たちに、何をもたらしてくれるのでしょうか。

海女とは、簡素な道具のみを持ち、素潜りで海底の貝や海藻などを獲る女性の漁業者です。海女漁は、数千年前の原始社会から行われていたと推定されています。古代律令国家の下で志摩国は、都に海の幸を献上する「御食国」と位置付けられていました。都びとの豊かな食事を支えたのは、志摩の海女や漁師たちだったのです。中世以降、志摩の海女漁は伊勢神宮との関係を深めていきます。まず海女が獲る鮑は、訪れた参宮客に提供される御馳走の食材となり、お伊勢さんのありがたさを感じさせました。また大量の鮑が「熨斗鮑」に加工され、儀式・儀礼に用いられるほか、神宮の御師(神主)が全国の檀家を廻り参宮を呼び掛ける時の土産物となりました。そして近代以降には、「真珠と海女」が伊勢志摩観光の目玉として、ポスターやパンフレットに描かれる定番となります。

 

海女漁の意義は、何より機械文明が高度に発達した現代において、体ひとつで海底から魚貝を獲るという原初的な漁業形態が、基本的な形は変わらずに、数千年にわたって続けられてきた点にあります。栽培や養殖とは異なり、自然界そのものから食料を獲ってくるというのは、働くことの原点とも言えるでしょう。そして鳥羽・志摩地域にとって海女は、古くからこの地域を象徴する存在でした。

なぜ海女は、女性なのでしょうか。皮下脂肪の厚さによる耐寒力や、漁業技術の発展に連れて沖合いに出ていった男との分業など、理由はひとつではありませんが、注意すべき点は、日本の伝統的な民衆社会では、女性が外で肌を晒しながら働くことについて、何らタブーがなかった、ということです。儒教道徳の影響の強い東アジア諸国やイスラム圏、騎士道文化が覆う西洋社会で女性の素潜り漁が存在しないのは、宗教や道徳による女性の生産活動への社会的規制があったからです。世界広しといえども女性による素潜り漁の伝統は、日本列島と韓国・済州島にしかありません。済州島は朝鮮半島からの流刑の地で、半ば差別視されたゆえに海女漁が行われた、いわば例外的な地でした。

フナドという男女ひと組で行う漁は、清少納言の『枕草子』にも叙述される海女漁の最も発達した形態で、韓国には見られない日本独特のものです。舟を操り、海中から海女を引き揚げるための強い力を持つ男と、海中での作業を続けることが得意な女との役割分担は、最も古く、かつ理想的な男女協働参画のあり方とも言えるでしょう。漁場を見定め、海女の安全を守るトマエ(船頭)の役割が小さくないノリアイ形態を含め、海女漁は決して女性だけで行われる漁ではないのです。そして海女という伝統文化の存在は、女性への差別意識が強いと評価されがちな日本文化を見直す上でも、大事な要素なのです。

明治初期に作られた『三重県水産図解』には、男の潜水漁を禁止する理由として、男は危険を怖れず欲深く獲物を狙うため、しばしば事故を起こすことを挙げています。海女は目先の利益ばかりを求めるのではなく、我が身を守る智恵を豊富に持っています。海が荒れれば出漁しません。自然に寄り添う無理をしない働き方も、海女漁の特質です。

このことは、資源管理という点でも有効です。海女漁は陸に近い磯場で行う漁業ですが、沖合いとは違い、獲り過ぎるとその影響が即座に自分たちに跳ね返ってきます。そのため、漁期や操業時間を定め、獲る貝の大きさを制限し、道具・装備も限定するなどの、乱獲を防止する方策が古くから行われてきました。なりわいの場を荒らさないように、海の環境保護にも敏感です。

現代の漁業では、海の資源をどのように守っていくのか、特に資源を効果的に管理し、漁獲高の枠を決める必要性が指摘されています。海の環境を維持することを含め、総じて「持続可能」な漁業のあり方を再構築することが、大きな課題なのです。この点で海女漁は、まさに格好のモデルになりうるのです。

魚群探知機などのハイテク技術を駆使する現代の漁民たちには、海のなかの変化を察知することは容易ではありません。日々なりわいとして海に潜る海女さんは、いわば海の環境モニターの役割も果たしていると言えるでしょう。

海女さんたちの仲間意識も、地域共同体を維持する力になっています。磯に面した村が地先の漁業権を保持してきた歴史伝統は、現在の漁業協同組合に引き継がれていますが、これも単なる権利ではなく、海を守るための仕組みなのです。

明治末から大正期に掛けて、医学者らが行った健康調査で強調されているのは、危険に見える素潜り漁を行う女性が、驚くほど健康な体を持っていることでした。体格に優れ、脳卒中がほぼ皆無で、血圧も安定し、多産でしかも安産であることが報告されています。海女漁は、大自然のなかで体全体を動かし、複雑な海中で五感を駆使して行う漁です。誰にも束縛されず、しかし仲間と互いに見守り合いながら、自分の技能や体調に合わせて随時休息を取りつつ自律的に判断する働き方が、心身に良い影響を与えたのでしょう。

現代の都市社会では、常にパソコンに管理され、効率や利益最優先の労働条件ゆえに、過労死や精神を病む者が急増しています。海女はそうした都市労働者の対極にある、人間らしい自由な働き方です。加えて、自分で獲った魚介や海藻から、良質な蛋白質とミネラルを豊富に摂取する食生活も、海女の健康体を生みだしているのでしょう。

海女さんたちは、いつも元気一杯です。海女さんの居る漁村は、総じて明るい雰囲気に包まれています。女性が生き生きと働く社会は、明るく健全なのです。

海女、海女漁を残すための事業は、決して個々の海女さんのためだけのものではありません。古くからある少し変わった生業文化を、ノスタルジーや骨董趣味で残そうという考えでもないのです。海女を通して、海女が暮らす漁村、漁村を含む地域社会を守ることが大事な目的です。そして、海女の生活を知ることで、現代に生きる私たちの生き方、働き方、暮らし方、自然とのかかわり方を考え直したいのです。ストレスに溢れ、息苦しさに充ちた現代社会を見直すための多くのヒントが、海女文化に秘められていると思うからです。